小さいサルトの吊しのスーツ

こんにちは、Tango245です。
現在、物欲の波が落ち着いている店主ですが、そんな状況だと余計なことを考えてしまいます。例えばセレクトショップや百貨店が展開してくれる、フルハンドを謳う小さいサルトの吊るしの製品、販売価格が我々が現地でオーダーする価格とあんまり変わらない気がするのですが、これはどうなんだろうか、とかです。セレクトショップの利益やリスクや輸送コストを考えると、(その価格で売れるかどうか、買うかどうかは、とりあえず別として)ざっくりで2倍ぐらい差があってもしょうがないかな、と思います。それを企業努力であまり変わらない価格を実現してくれているなら、非常に良心的で魅力的な品物ということになります。

セレクトショップは大量に注文するわけですから、相応のディスカウントをお願いできると思います。ファクトリー生産であれば、大量注文ほど合理化、効率化で生産性を上げることができ、ファクトリー側も大量注文は大歓迎だと思いますので、相応のディスカウントは受けてくれると思います。その結果、我々もそのディスカウントの恩恵を受けられるので、セレクトショップには頑張っていただきたいところであります。(個人的にもベルベストとかは結構気に入っています。)

ですがフルハンドを謳っている、型紙も使わないような小さいサルトの場合はどうでしょうか。生地は支給、あるいは大量購入が効くかもしれませんが、基本的に手間は同じのはずなので大きなディスカウントには応じられないのではないかと思うのです。昔、確かロンドンハウスのルビナッチ氏(違っていたらすみません)のインタビュー記事で「今まで職人を解雇したのは一度だけで、理由はその職人が生地を重ねてカットしたため」とありました。「解雇したのは一度だけ」という家族経営を言いたかったとは思うのですが、過去に一度しかないくらい、生地を重ねて切ることはサルトにとってはあってはならない行為ということになります。こういうことを考えると、フルハンドのサルトにとって、合理化、効率化なんてほとんど入る余地がない気がします。

あるサイトに出ていた、採寸から納品まで実質一人でこなしている日本人のテーラーの人のインタビューによりますと「月に5、6着が限度」とありました。イタリアだと諸々含めて年間50着というところでしょうか(休みも多そうですし)。数人の職人でこなすとしても、200着ぐらいが現実的なのかなあ、と思います。一方で、セレクトショップが絡むと、例えば、44、46、48、50の4サイズ、生地で3パターン、春夏物と秋冬物の年2回、各5着と仮定すれば1社だけで100着を軽く超えてしまいますので、この2者は相容れない立ち位置で、そもそもコラボに無理があるのでは、と思います。通常の注文に加えて、さらにこういったまとまった量の注文をこなすには、ミシンを多用するのか、工程を省くのか、外注に回すのか、なんでしょうか。こうなると元々のそのサルトの品とは似て非なるものになってしまっているかもしれません。(個人の感想です)

フルハンドを謳い、日本でも評価の高いイタリアの某サルトは、その紹介コメントで「年間1000着以上を仕立てる」とあり、またどなたかの個人のブログでそのサルトのスーツを、写真も交え「見るだけで気の遠くなるような作業の仮縫い工程」と評されておりました。一方で時系列はズレ(上記よりもだいぶ前)ますが、そのサルトで1年半修行した人のインタビュー記事で「当時13人いた職人が、最後は本人とその弟と自分の3人になってしまった。」とありました(そしてその人も別のサルトに移ります)。一度減った職人を増やすのは容易でないと思いますので、この3つを成立させるのは可能なのか、と考えてしまいます。

クラシコブームも20年以上続いているかと思いますが、キトンやベルベスト等のファクトリー物は、セレクトショップや百貨店との付き合いが継続されている一方で、割と小規模なサルトは数年で取り扱いが終わってしまっているよう気がします。サルト側、店側、どちらが断っているのかはわかりませんが、難しい問題があるのかもしれません。

まあ着心地が良ければハンドかどうかは関係ないわけですけど、ハンドだから着心地がいいとされているわけで、またその分手間がかかるので高価になるわけで、着心地がいいから高いわけでもなく、一方でこちらも高いお金出すならハンドにこだわりたいですし、とはいえハンドこそ上手い下手の差は激しいはずで、下手なハンドならハンドじゃなくてもいいのかもしれませんし、上手ならセレクトショップの中国製もアリかな、とも思ったりします。そういうようなことは自分でちゃんと見極めがつかないとダメなんでしょうけど、着心地の悪いものはすぐわかりますが、着心地の良さは抽象的ですし、ハンドについてもせっかく買った品物をバラして確認する(そもそもバラしたらわかるのかという問題もあります)こともできませんし、ハンドに見せられるようなミシンとかも普通(ある意味本末転倒)になっているようで、なんか疲れます。

そんな余計なことを諸々考えていると、小さなサルトの吊しの高額品を国内で定価で購入する気にはなかなかなれなくなります。個人的には、大資本が入る前の、メールもなく電話やFAXでやりとりし、現地まで出向いてオーダーしていた頃のシンプルで注文数も無理のないのんびりした平和な時代の程度の良い品を手に入れるか、旬は過ぎ、コストダウンも入っているかもしれないというモヤモヤ感は持ちつつも、セレクトショップや百貨店が取り扱いをやめ、処分価格で放出するものの中から気に入った物を選ぶか、あるいは一部のブランドのようにセレクトショップを通さず独自でトランクショーを現地と同じ金額で行なってくれているところで、その時の為替の水準を睨みながらオーダーするのが現実的か、と余計な事を考える今日この頃の店主であります。まあそんなことを考えてしまうのも物欲の波が静まっているからで、こんなモヤモヤ感を吹き飛ばされるほどの物欲の波がまた来ればいいな、と思っております。(下写真:個人的に大好きなベルベスト。)

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