Tango107~109、リチャード・アンダーソン

リチャード・アンダーソンは、17歳でハンツマンに入社、コーリン・ハミックやブライアン・ホール、リチャード・レイキーに師事し、その後34歳でハンツマンのヘッドカッターとなる職人で、90年代に入りハンツマンが迷走する中、同店の敏腕セールスマンだった、ブライアン・リシャックと、2001年に独立に至ります。

ブライアン・リシャックは、クイーン・エリザベスでアメリカに出向き多くの注文を取るセールスマンだったわけですが、自身の著書で、当時のハンツマンの経営に失望し、「かつては出勤が楽しみであったが、今は苦痛以外の何物でもない」、「自分が詐欺師のように感じられる。顧客の顔をまともに見ることができない」と記しています。リチャード・アンダーソンに独立を持ち掛け、同様な考えを持っていた二人はハンツマンを去るわけです。

リチャード・アンダーソンはハンツマンのスタイルを受け継ぎ、長い着丈や一つボタンを踏襲しています。また2015年にカノニコ主催のフィレンツェで開かれた、紳士洋品のシンポジウムでは、チフォネリやパニコ、リベラーノらのマエストロが一同に集う中、英国からジョン・ヒッチコック、エドワードセクストンとともに参加しています。彼の年齢とほかの参加者の面々を考えると、彼への業界の期待が垣間見えます。